【悲報】高校を三年間ぼっちで過ごした結果!高校ぼっちあるある7選!

Pocket

                                                        

高校と聞いて皆さま、どのようなことを想像するでしょうか。緊張の入学式、体育祭でぶつかり合い、競い合い育まれる絆。夏ミカンのように甘酸っぱい初恋、額に汗を滲ませながら握るラケット、夕焼けに見送られながらジュース片手に友と語り合う帰り道。

                                                      

                                                       

                                                    

そんなものはない

そんなものは我々コミュ障にとってはファンタジーに過ぎません。ドラゴンやユニコーンが実在しないのと同じで幻想のそのまた幻想なのです。

入学式ではだれにも話しかけられず教室に配置されたインテリアと化し、体育祭の打ち上げには呼ばれないし彼女は画面の中から出てこない。おまけに部活内でも空気男。

そんな漆黒の高校時代を過ごした筆者や知人のエピソードをピックアップし
高校ぼっちあるある10】をお送りいたします!
皆さんもつらい過去は笑い話にしてしまいましょう……。

※この記事には生々しいエピソードや純度の高いぼっち成分が含まれます。ご注意ください。
 真面目な文体で書くと筆者のメンタルが危ういので敢えて崩しております。

 

                                  

           

二人組を組まされると余る

王道中の王道ですね。主に体育の時間やペアでの作業時間に起きる現象です。

誰もがパートナーを見つけ安寧を確保した後に、1人だけつがいを求めて周囲を徘徊する様はかなり不気味です。できる限りおとなしそうなグループを見つけて入れてもらうことが多かったですね。

そのためペアを作る必要がある場合は朝からクラスメイトの人数を数え、偶数か奇数かを把握する必要があります。奇数だったらどうするかって?どうもしませんよ。

なお、学校生活序盤こそは余った1人と組めることが多かったのですが二年生に差し掛かったころ、事件は起きました。

 

 

偶数でも余る

 

流石に目を疑いました。午後の体育の時間のことです。

校庭に降りる前に確かに偶数人であることは確認したはずでした。まさか下に降りる階段を踏み外して誰か死んだのでしょうか。
 薄々気が付いてはいましたが、私を放置して三人でグループを組んだアウトローがいたようです。ここから先の記憶はないです。

本物は偶数でも余るのです。

古本鑑賞会と化した文化祭

高校生活で避けては通れないのが文化祭。本来リア充たちにとっては心躍るイベントでしょうが、ぼっちにとっては心曇るイベントです。

異変は準備段階から始まっていました。生徒数37人を擁する教室内でただ一人、私だけが仕事を任されていないのです。
 社会人5年目辺りのくたびれた社内ニートの心境を16歳にして味わっていました。あと私の机を勝手に作業台にするのやめてください。付くんだよ糊が。

そして何一つ働くことなく迎えた文化祭当日。文化祭開始と同時に私は図書委員が主催する古本位置に飛び込んで数冊の古本を購入しました。これを、教室に用意された控室に持ち込み終了までの時間を稼ぐ作戦です。というのも、この日は私の両親が来ていたため顔を合わせるわけにはいかなかったのです。ぼっちなのにまだ守る物があった自分に驚いたんですよね。

古本こそ私にとっての最強の鎧でした。最高の読書日和です。

そもそも1人で回る文化祭が楽しいわけないです。街に娯楽が氾濫しているこのご時世、高校生のままごとなんかよりクオリティの高い遊びなんて、子供でさえたくさん知っています。

結局文化祭を楽しいイベント足らしめているのはあのキラキラとした雰囲気です。そんなものにさらされれば最後、過程は省きますが最終的には死にます。

 

クラスメイトの名前を知らない

信じられないかも知れませんが、真のぼっちはクラスメイトの名前を知らないことも少なくありません。

一年目は辛うじて覚える努力はするのですが、二年目ともなるともはや隣の席の女子の名前すら知りません。当たり前です。なぜならぼっち高校生にとってクラスメイトとは他人も当然だからです。

そもそも誰とも話さないので不自由する場面は殆どありませんでした。事務的に会話が発生することもありましたが、恐らくお互い「誰だこいつ」と思っていたことでしょう。
 しかし、唯一困る場面がありました。それは小テストなどの返却物を任された時です。なまじ1人でスマホをいじっていて暇そうだからと、私はよく先生に返却物を頼まれていました。

流石にクラスメイトの名前を覚えてないというのは、担任だった熱血教師に怒られそうだったので必死でした。そのため、こっそりと手書きの座席表を自作しカンニングしながらあたかも全員の名前を覚えていますよーという雰囲気を醸し出す悲しい技術を身に付けていたのです。

アドバイスとなりますが、人の名前を覚えようとしない姿勢はぼっちに直結します。ぼっち回避を望むなら最低限クラスメイトの名前くらいは把握しておいた方がいいですね。

 

女子には基本引かれる

女という生き物は基本的にぼっちな男を嫌います。いや、もしもそのぼっち君がとんでもなくイケメンだったり、男としての強さを感じさせる人物なら逆転の目はあるでしょう。

しかし、高校で爆誕するぼっちの殆どは声が小さく気の弱い弱者男性です。これでは女性に好かれる可能性はゼロに近いです。安西先生も匙を投げます。

忘れもしません。あれは私が体育祭の練習に嫌々参加していた頃….。
私の高校では男女がペアになって踊るペアダンスというイベントがありました。
パートナーは厳正なくじ引きにより決定されるため、生徒はみな年末ジャンボの抽選会もかくやという盛り上がりを見せるのです。

男のラインナップも玉石混交。イケメン長身サッカー部豪傑野球部セクシーメガネの美男子生徒会長。そして生ける屍こと、この私でございます。

抽選会当日、見事に私というJOKERを引き当てた女子は

 

 

その場に座り込みました

どうせなら泣いてほしい。私と組まされるのが嫌ならせめて面と向かって文句の1つでも言ってくれと本気でそう思いました。なんだその微妙な配慮は。 

 

すると驚くべきことが起きます。なんと、クラスのアイドルのYちゃんが座り込んだ彼女に近づき、そっと引いたくじを交換したのです。どうやらJOKERを引いてしまった哀れな少女のお目当ての男子をそのYちゃんは引き当てていたようです。抱き合う二人。なんと微笑ましいのでしょう。

美しい友情ですね!!

 

 

高校時代のスマホの写真フォルダが
ソシャゲのスクリーンショットしかない

友達がいないとなると高校の休み時間は非常に退屈なものとなります。一昔前の学生なら机に突っ伏して寝るなり本を読んだりと時間を潰していたのでしょうが、今のぼっち界隈だとスマホ一強です。きっとジョブズはぼっちを救うためにスマートフォンを生み出したのだと思います。

そしてそんな時代でのめり込むものなど決まっています。そう、「ソシャゲ」です

友人や恋人もいない無味乾燥な日々に一輪の花を添えてくれる存在です。そんなソシャゲで最強キャラを引き当てたり高難易度クエストをクリアした時にパシャリと一枚、そんな日々が続きました。友人と映っている写真が何一つ存在しないフォルダの中はいつの間にかソシャゲのスクリーンショットで一杯になっていきます。

見返しても自分がどんな高校生活を送ったのか一切分かりません。 
ちなみに筆者の高校生活一番の思い出はパズ○ラで闇カーリーを引き当てた時でした。合掌。

 

体育祭という名のこの世の地獄

高校最大の行事は何かと聞かれれば体育祭と答える人は多いのではないでしょうか。しかし、そんな青春を象徴するイベントである体育祭もぼっちにとっては地獄以外の何物でもありません。

地の獄です

まず前提として、体育祭には莫大な準備時間が必要になります。恐ろしいことにその大半は放課後や土日を削って行われます。ぼっちにとって学校は耐える場所でしかないためその苦痛は計り知れません。休日に友人のいない学校へ、ダンスやら入場やらの練習のために向かうなど思い出しただけで蕁麻疹が出ます。

クラスは、「仲間との絆」みたいな文言を前面に押し出していましたが、彼らの言う「仲間」に我々ぼっちは入っていません。故に、モチベーションが皆無なのも頷けますね。

閉会式という名の感動のエンディング、皆で肩を組み健闘を称えあうという伝統があったのですが、もちろん不参加です。ソシャゲの周回が忙しかったのです。
後夜祭と呼ばれる体育祭後の交流会やクラスの打ち上げにももちろん呼ばれません。ちなみに、不思議なことに私以外の全員がずっと前から打ち上げの詳細を知っていたようです。その伏線は数奇なことに卒業式に回収されることになります

 

自分だけが招待されていないクラスのLINEグループがある。

信じられないかも知れませんが割とありがちな話です。連絡事項や相談に使用されるどちらかと言えばオフィシャルなLINEグループの他に、雑談などに自由に使える別グループが存在するわけですね。

ただし、この雑談用グループは例え参加していなくとも高校生活を送る上では何の問題もないのです。逆に言えば、必須ではないため例え特定の人物をハブにしていようが招待していなかろうが何の問題にもなりません。
そんなグループにぼっちが招待されるでしょうか。いや、されない。
そんなわざわざ一家団欒の場赤の他人を放り込むような愚行は誰もしません。

一個前の項目でなぜか自分以外の全員が体育祭の打ち上げの詳細を知っていたというミステリーを取り上げましたが、このグループで決定されていたのですね。ワンピースにも負けない見事な伏線回収です。

ちなみになぜ私がこのライングループの存在を知っていたかと言いますと、卒業式の数日前にクラスのとある女子に謝罪とともに教えもらいました。どうやらただ一人私が雑談グループに呼ばれていなかったことを申し訳なく思っていたようです。
でもそれは言わないでほしかった。何の配慮ですかそれは・・・・・・。

 

まとめ

以上、高校ぼっちあるある7選でした。やろうと思えばまだまだ挙げられるのですが、不思議とパソコンを見る目が滲んでキーボードを打ちずらくなってきたのでここまでとします。

かなり刺激が強い内容でしたが、これが高校ぼっちのリアルです。
とは言え、今となってはどれもいい思い出なわけないです。

だからこそ、皆さんもいっそ辛い過去は笑い話にしてしまいましょう!
私もこのような高校生活を送りましたが、大学はしっかりとエンジョイすることが出来ました。

例え友達がいなくとも、それでもぐっとこらえて学校に通うことは最高にかっこいいです。よい学生ライフを!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です